19.破壊力学パラメータを用いた寿命予測|材料強度学
設計的にはΔKがKCを超えてしまう状況はまず避けなければなりません。そうなると構造は一気に破壊してしまいます。目指すべきはΔKをΔKth以下にすることです。これによりき裂が進展することはありません。しかしこれは意外と敷居が高く、なかなかΔKth以下にすることは難しい場合も多いです。そうなるとΔKはΔKth以上KC以下となることが多いのですが、その場合寿命がどの程度となるのかをしっかり推定することが重要です。製品自体の寿命を考えた時、それよりもき裂の進展速度が遅ければ問題にはなり難いからです。
本項ではこれまで説明した破壊力学パラメータを用いて寿命を推定する方法について説明します。
絶対的な寿命予測
Abaqusなどの解析ツールでは応力拡大係数を求める機能があります。そういった機能がない基礎的な解析ツールでも、き裂周辺の応力分布から式(15-11)を用いて応力拡大係数を同定する方法はあります。また、単純形状であれば公式を使った手計算でもよいでしょう。
いずれにせよ、応力拡大係数範囲を求めることができれば、前記したような応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係のグラフやパリス則の関係式から、き裂進展速度が解ります。き裂進展速度はサイクル当たりのき裂進展量となりますので、板厚をき裂進展量で除することで、破断までのサイクル数を推定することができます。
実際にはき裂のサイズによって応力拡大係数は変化しますので、き裂長さで積分しなければならず、このやり方では大まかな予測にしかなりません。しかしそれでも応力という指標では理論が破綻してしまうき裂先端において、寿命を評価できる指標が得られる意味は大きいです。
相対的な寿命予測
応力拡大係数範囲とき裂進展速度の関係を示すデータ得られていない場合、寿命予測ができないかというとそうでもなく、相対的な寿命予測なら可能な場合があります。
例えば、パリス則の指数mを2と仮定(一般的な鉄鋼材料の取り得る範囲から安全側の値を採用)して、構造変更前後での応力拡大係数範囲の変化から相対的に寿命がどのくらい伸びるか(あるいは縮むか)を推定することができます。下式は構造変更前後での寿命の伸び率を表します。
ΔK1:現状の応力拡大係数範囲、ΔK2:構造変更後の応力拡大係数範囲、
m:材質によって決まる定数(金属材料ではm=2〜4が一般的)
寿命の伸び率が解れば、もし現状における疲労試験データ、あるいは実稼働寿命があるなら構造変更でそれがどのくらい伸びるか(あるいは縮むか)を推定することができます。
J積分を使った寿命予測
J積分を求めるにはAbaqusなどの高度な解析ツールを使わないと難しいかもしれません。そしてJ積分とき裂進展速度の関係の実験データを入手して、応力拡大係数の時と同様に寿命を推定することができます。J積分の場合は降伏範囲が広い場合にも適用できますが、FEM側で弾塑性解析を実施してJ積分を求める必要があります。
き裂進展解析による寿命予測
これまで説明した方法ですと、き裂長さが固定されてしまいますので、き裂の進展に伴う状況の変化を考慮することができません。ある程度しっかりした解析をしたいならば、き裂進展解析という手法があります。
き裂進展解析にもいろいろな手法がありますが、XFEM(拡張有限要素法)※という手法を用いたき裂進展解析が非常に有効です。き裂進展解析を用いると、荷重のサイクルを重ねるごとにき裂が徐々に進展していく様子を見ることができます。き裂進展解析における材料の破壊基準としては数種の条件が定義できますが、エネルギー解放率やJ積分として定義する方法も用意されています。
き裂進展解析も残念ながら高度な解析ツールが必要になってきます。もしそのような機能が備わっているツールをお使いであれば一度試してみてはいかがでしょうか。ちなみに今後、余裕があればAbaqusチュートリアルに掲載しようとは思っています。
※私の開発したソフトにXFEMがありますが、拡張有限要素法とは関係ありません。名前を付けた当時は拡張有限要素法の存在を知らず命名してしまいました・・。